巡礼・お遍路の足跡
関東三十六不動霊場
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22/8/4,5 22/11/21
22/12/25,26
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23/7/24 23/8/4 23/8/10
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23/8/11 23/8/18 23/8/20.21

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札所・お遍路toppageへ 関東三十六不動霊場


関東三十六不動霊場一期

  平成22年8月4日 小田急線伊勢原駅からバスに約30分ほど乗り、バス停から歩き始めました。

  ケーブルカーには乗らないで茶店が並んでいる参道を通り抜け、石段が続く山道を上りました。

  この石段が思っていたよりも急勾配で厳しかったです。

  1時間弱で
関東三十六不動第一番霊場 雨降山 大山寺  大山不動尊の本堂に着きました。
  
  お経、不動明王の御真言を唱え、納経をしているとき、突然法螺貝が鳴り響き、御祈祷が始まりました。

  中年の女性がお願いした「合格祈願」の御祈祷で、とても長い時間お経と太鼓が山中に響き渡ってました。

  ここの御本尊
大山不動尊は、鉄造不動明王で秘仏で国宝になっています。

  年に数回御開帳が行われます。

  地図を見ると、ここから下社までは近いので楽な気持ちで歩き始めました。

  ところが、とても急な石段の連続でした。

  お遍路から1か月以上歩いてなかったので、足や体には厳しかったです。

  それでも45分ほどで
阿夫利神社下社に着きました。

  下社は明治維新までは、鉄不動明王を御本尊とした大山寺がありました。

  ほとんどの方がケーブルカーで上って来られたようでした。

  ここで参拝し、御朱印をいただきました。
  
  境内から眺める相模平野はとても幻想的でした。
  
  無事登山ができますように自分でお祓いをしてから、正午前、とても急な石段を上り始めました。

  石段が終わると、大きな石が転がっている登山道を二十八丁まで上りました。

  今までにない厳しい登山道でした。

  膝を思い切り上げないと上れないし、平坦な所がほとんどないので休めませんでした。

  しかも、途中から霧が立ちこめ、雨が降ってきました。

  天気予報では晴れでしたが、念のため雨具を持ってきていたので安心して上れました。

  大山寺の山号は、雨降山なので雨とは切っても切れない関係があると思いました。

  1時間半で山頂に着けますとの話でしたが、2時間はかかりました。

  
阿夫利神社上社を参拝する頃には、雨は本降りとなり、昼飯を食べる場所を探すのに苦労しました。

  お昼が済んだら突然雲が切れ、山頂から素晴らしい眺望が広がりました。

  思わず苦労して上ってきた足の痛みや体の疲れが、一気に吹き飛んでしまいました。

  そのときの眺望が、関東三十六不動霊場toppage背景の写真です。

  下り道は、膝に相当響きました。

  上りよりも下りの方のが気をつけないと足に負担がかかるとのことで、注意深く下りるようにしました。

  それでもケーブルカーやバスの時刻が気になったのものですから急ぎました。

  下りは、1時間ちょっとかかりましたが、16時のケーブルカーに間に合うことができました。

  16時35分のバスに乗り、小田急線の伊勢原駅に向かいました。

  小田急線に乗り、小田原駅でJRに乗り換え、真鶴駅から歩いて今晩の宿に向かいました。

  
平成22年8月5日 小田原駅から伊豆箱根鉄道大雄山線で、大雄山駅に向かいました。

  そこからバスでお寺さんに行き、今度は昨日とは違い緩い坂道を上りました。

  関東三十六不動第二番霊場 大雄山 最乗寺 道了尊 清瀧不動尊は大きな伽藍のお寺さんで、天狗さんで有名です。

  本堂でお経をあげてからお不動さんではないことに気が付きました。

  御本尊様は釈迦牟尼佛で、それから御真殿をお参りしました。

  この御真殿には天狗さんになられた
妙覚道了大薩が祀られておりました。

  真殿の前には夫婦和合を祈って高下駄がたくさん奉納されてました。

  不動堂を探して
清瀧不動尊をお参りしましたが、意外と小さなお堂でした。

  その後、奥の院までの長い石段を上りお参りしましたが、下りるとき膝が笑って仕方ありませんでした。

  小田原駅からJR東海道線で横浜に行き、桜木町駅で降りました。

  駅から歩いて
関東三十六不動第三番霊場 成田山 横浜別院 延命院 野毛山不動尊をお参りしました。

  ちょうど15時の護摩焚きに間に合いましたので、内陣に上げていただきました。

  護摩焚きを終えてから御幣によるお祓いの強い風には驚きました。

  一日暑い中お参りしましたので駅前でかき氷を食べましたが、とても旨かったです
                    


関東三十六不動霊場二期

  平成22年11月21日 相模鉄道本線和田町駅から和田町商店街を通り抜け、左に曲がってしまいました。

  道に迷いながらも
関東三十六不動第四番霊場 大聖山 真福寺 和田不動尊に辿り着くことができました。

  裏参道から入ると、境内は水が打ってあり、清々しい気持ちになりました。

  浄水で手を洗い、口を漱ぎました。

  蝋燭とお線香、お賽銭を上げてから、本堂に入りました。

  
和田不動尊様の前で開経偈、般若心経、不動明王真言、光明真言、御宝号、舎利禮文、回向文を唱えました。

  御本尊様は、厳めしさの中にも優しさを秘められたお顔立ちをしていらっしゃいました。

  お写経を納めてから、お忙しい中、住職さんからは直々に御朱印をいただきました。

  しかも銀杏をいただいた上に、大きな手を差し伸べられ、握手までしていただきました。

  巡礼・お遍路をしていてご住職さんと握手をしたのは初めてのことでした。

  修行大師様を拝んでから百観音の石畳みの参道を歩き、入り口に祀られている満願地蔵尊をお祈りしました。

  真福寺を発ち、相模鉄道本線和田町駅から横浜駅に戻り、東急東横線で日吉駅に向かいました。

  日吉駅前は放射状に道が分かれてましたが、慶應普通部通りを真っ直ぐに歩いて行きました。

  急な坂を下ると
関東三十六不動第五番霊場 清林山 佛乗院 金蔵寺 日吉不動尊の鐘楼が見えてきました。

  本堂の前には大きな数珠が二連掛けられてました。

  数珠を回しますと大きな音がするので見上げますと、上に上がった大きな珠が落ちるので音を発するのでした。

  本堂に上がってお参りしようとしましたが、戸は開きませんでしたので下でお経を上げました。

  納経所に行きますと、「本堂の鍵を開けますから、本堂でお参りしてください。」とのことでした。

  
日吉不動尊様の前でお経を唱え、お写経を納めました。

  祭壇には、比叡山根本中堂不滅之法燈御分燈が灯されておりました。

  御朱印をいただいた後、本堂の裏手にありました辨天堂をお参りし、奥の院まで山を上りました。

  山の頂には、奥の院不動尊が祀られていました。

  駅前の横浜ラーメンを食して、日吉駅を後にしました。

  武蔵小杉駅で乗り換えるのに気が付いたら自由が丘駅まで行ってしまい、慌てて戻りました。

  武蔵小杉駅でJR南武線に乗り換え、JR久地駅で降りました。

  遠回りのようでしたが、府中街道で長尾橋の交差点で南に曲がり、上り坂を進みました。

  お四国を歩いてから約3週間経ちましたが、足は楽に動きましたので驚きました。

  この調子だと直ぐにでもお四国に行かれそうなので、何とかしてこの調子を維持させたいものです。

  30分程歩くと
関東三十六不動第六番霊場 神木山 長徳寺 等覚院 神木不動尊の山門が見えてきました。

  大きな山門をくぐると左右見事な皐月の山の中の石段を上りました。

  意外と足は楽に上がりました。

  本堂の前には可愛い猫が座ってました。

  お参りに見えた人たちが近寄っても全く動こうとはしませんでした。

  本堂に上がると、左には大きな新しいお不動様がこちらを睨んでました。

  上の壇にいらっしゃる
神木不動尊様の前では、七五三の御祈祷が行われてました。

  そこで声を出さないでお経と御真言を唱えました。

  納経所でお軸と納経帖に御朱印をいただきました。

  JR久地駅から川崎駅まで行き、京浜急行大師線に乗り換え、川崎大師駅で降り、表参道を歩きました。

  もう15時を回ってましたので歩いている人はこれまでと比べると少ないように感じられました。

  大師仲見世通りに入ると飴切り包丁の音が聞こえてきました。

  四天王像が奉安されている大山門から入ると、七五三のお参りの人たちが大勢いました。

  今日最後の
関東三十六不動第七番霊場 金剛山 金乗院 平間寺 川崎大師をお参りしました。

  お経と御真言を唱え、お写経を納めてから御朱印をいただきました。

  本堂をお参りしてから大山門前の住吉の久寿餅をお土産に買って帰りの電車に乗りました。

  これで神奈川エリアのお不動様を廻り終えました。

  次回からは東京エリアに入りますが、八番から廿六番までありますので日数がかかります。

  焦らず慌てずゆっくりお参りしたいと思っております。                                           


関東三十六不動霊場三期  

  平成22年12月25日 新宿7時発の京王線の急行で高尾山口駅に向かいました。

  今冬最低気温を記録した寒い朝、雲一つ無い快晴に恵まれましたが、電車の中は暑いくらいでした。

  ところが、高尾山口駅に降りると冷気が肌を刺してきました。

  気温が4〜5℃も違うんでしょうね。

  8時10分から歩き始めました。

  ケーブルカーの駅を左に見ながら参道を上り始めました。

  ほとんどの人が私を追い抜いて行く中、走って上って行く人もいました。

  寒さも歩き始めて10分程で心地よくなってきました。

  上る道のほとんどがコンクリート舗装されてました。

  8時20分過ぎ、初めの不動明王三十六童子の不動慧童子に出会いました。

  これから次々と童子に出会いました。

  8時35分 道標の脇の光網勝童子を見て、土の上り道に入りました。

  見晴らしの良い処で一休みしました。

  金比羅宮の展望台からは、東京スカイツリーが見えました。

  次は無垢光童子に出会いました。

  自動車道路に入ると、計子爾童子に出会いました。

  大きな機械の音に近づくと、初詣の準備でしょうか落ち葉を掃き清めている人たちでした。

  山頂まで2.0qの道標近くには質多羅童子が、高尾山駅近くに羅多羅童子がいらっしゃいました。

  高尾山口駅2.4qの道標近くに波羅波羅童子、伊醯羅童子がいらっしゃいました。

  さらに、十一丁目茶屋近くに獅子光童子が、野草園近くには獅子慧童子、阿婆羅底童子がいらっしゃいました。

  9時15分 樹齢450年の蛸杉に来ました。

  9時20分 霊氣満山の扁額が架かっている浄心門に着きました。

  神変堂の前には、前鬼(妙童鬼)と後鬼(善童鬼)の二匹の鬼がおりました。

  二匹の鬼は、役行者の修行に欠かせない水を汲んだり、薪を切ったりして尽くしました。

  このことで、人の為に尽くすことの菩提心、佛の慈悲を表しております。

  南無飯縄大権現の大きな石柱が建っておりました。

  関東三十六不動第八番霊場 高尾山 有喜寺 薬王院 飯縄大権現で白い狐に乗っているそうです。

  最後に百八の石段を上り、歩いて行くと、奉納杉苗 北島三郎の大きな木札が架かっていました。

  すると、高尾山の扁額が架かっている四天王門に辿り着きました。

  この門では初詣の準備が行われており、松飾りが取り付けられておりました。

  高尾山には、人々を守る天狗様が棲んでいると信じられています。
 
  十二神将十二支天方位塔、八大龍王、倶利伽羅龍王、飯綱大権現をお参りして納経所に入りました。

  石段を上がると仁王門がありました。

  阿像には、「ものの始めを大切に」と、吽像には「ものごと けじめを しっかりと」とありました。

  厳めしい愛染明王をお参りして、十一面観世音菩薩、歓喜天をお参りしました。

  大師堂、延命地蔵尊、高尾山八十八大師霊場、不動堂をお参りして、高尾山頂へ向かう途中に、大きな霜柱がありました。

  駿河、甲斐、信濃、越後、上野、下野、常陸、上総、下総、安房、相模、伊豆、武蔵の十三州大見晴台がありました。

  そんなに見えるのか疑問でしたが、それぞれの國の山の名前が書かれてました。

  関東の富士見百景のプレートがありました。

  富士山は見えたのですが、残念なことに山頂付近に雲がかかってました。

  11時45分 上ってきた道とは違うコースを下山しました。

  植生回復中の札が下げられたロープが到る所にあり、自然保護が熱心に行われていることが分かりました。

  日陰はとても寒くなってきました。

  硯岩、琵琶滝、妙音橋を通って、13時過ぎに高尾山口駅に着きました。

  京王線の電車に乗り、13時54分高幡不動駅で降りました。

  高幡不動尊参道を歩いて、関東三十六不動第九番霊場 高幡山 明王院 金剛寺 高幡不動尊に着きました。

  ここでも初詣の準備に大わらわで、土方歳三の銅像、大きな五重塔、五部権現社、日野七福神がありました。

  最後に納経所で御朱印をいただいて高幡不動を発ちました。

  今度は多摩モノレールに乗り、立川北駅で降りました。

  立川のホテルでぐっすり眠りました。

  
平成22年12月26日 立川北駅から多摩モノレールに乗り、玉川上水駅で西武新宿線に乗り換えました。

  田無駅で降りると、駅前が以前とは違うので驚きました。

  昔の様相が全く残っていませんでした。

  それもそのはずでした、指を折ると40数年経っていました。

  駅から北へ向かって歩いて、関東三十六不動第十番霊場 田無山 総持寺 田無不動尊に着きました。

  大ケヤキが境内に聳えていました。

  地元の方でしょうか、朝早くからお参りに見えていました。

  妙見菩薩が祀られているお堂がありました。

  少し歩いて近くにある
田無神社を参拝しました。

  境内には、五龍方位守護の青龍、白龍、赤龍、獅子頭、御神輿、楠木正成公像がありました。

  塩竃神社、煩大人神社、稲荷神社、津嶋神社、七福神、御神木もありました。

  田無駅から西武線の電車に乗り、上井草駅で降りて、石神井公園に向かって歩きました。

  途中、消防自動車が何台もサイレンをけたたましく鳴らして通り、最後にははしご車も行き、大火事にならないことを祈って歩きました。

  公園の手前で左折すると、関東三十六不動第十一番霊場 亀頂山 密乘院 三寶寺 石神井不動尊がありました。

  山門を入ると右手に鐘楼があり、左手には開運出世大黒天が祀られているお堂がありました。

  本堂でお経と御真言を唱えました。

  墓地の方へ行くと、根本大塔があり、大きな観音様がすくっと立っていらっしゃいました。

  新しくできた観音堂には、如意輪観世音菩薩様が祀られてました。

  奥之院は大師堂となっており、弘法大師が祀られてました。

  納経所で御朱印をいただいて、三寶寺を後にしました。

  石神井公園の三宝寺池からボート池を通り、西武池袋線石神井公園駅前に出ました。

  駅前のお蕎麦屋さんでお昼を摂りました。

  石神井公園駅から西武池袋線で池袋駅に出て、JR埼京線で板橋駅で降りました。

  歩いて新板橋駅から都営地下鉄三田線に乗り、本蓮沼駅で降りました。

  中山道を北上すると右側に関東三十六不動第十二番霊場 寶勝山 蓮光寺 南蔵院 志村不動尊が見えました。

  お寺の入口には、もう門松が飾られてました。

  境内には、月山、湯殿山、羽黒山の供養塔や古い石仏がありました。

  南蔵院のしだれ櫻は板橋十景に選ばれていました。

  不動堂をお参りし、納経所で御朱印をいただき、バスでJR赤羽駅へ出て帰りました。                        


関東三十六不動霊場四期

  平成23年7月24日 東京メトロ南北線の本駒込駅で降りました。

  道に迷いましたが、ようやく
関東三十六不動第十三番霊場 大聖山 東朝院 南谷寺 目赤不動尊に辿り着きました。
  
  入口には、つもりちがい十条と長寿十訓が書かれてました。

  ここのお不動さんは江戸五色不動の一つで徳川家光が赤目不動であったのを目赤に改めるようにと命じたそうです。
  
  朝早かったのですが、住職さんが本堂の扉を開けてくださり御本尊様を間近で拝むことが出来ました。
  
  しかも朝早いのに納経も受け付けてくださり、嬉しい限りでした。
  
  東京メトロ南北線で駒込駅まで行き、JR山手線に乗り換え大塚駅で降りました。
  
  ここで都電荒川線に乗り、面影橋駅で降りました。
  
  神田川を越えた処に山吹の里がありました。
  
  更に進むと、
関東三十六不動第十四番霊場 神霊山 慈眼寺 金乗院 目白不動尊に辿り着きました。
  
  不動堂へは石段の参道を上ってお参りしました。
  
  ここのお寺さんには、丸橋忠弥や青柳文蔵のお墓がありました。  
  
  明治通りに出て北上し、目白通りを西に進み、学習院大学の前を通ってJR目白駅から新宿駅へ向かいました。
  
  新宿駅で東京メトロ丸ノ内線に乗り換え、中野坂上駅で降り、青梅街道をしばらく歩いてから北へ曲がりました。

  正面に
関東三十六不動第十五番霊場 明王山 聖無動院 宝仙寺 中野不動尊の山門が見えました。
  
  山門を入ると、左側に朱塗りの三重塔と臼塚が目に入ってきました。
  
  三重塔の裏側に見送り地蔵さんが西の方を向いていました。
  
  お参りと納経が済むと今日の予定は終わりましたが、まだ昼時なので次期の分のお寺さんも廻ることにしました。
  
  新宿から渋谷へ山手線で行き、お昼を済ませ、東急田園都市線に乗り、三軒茶屋駅で降りました。
  
  
関東三十六不動第十六番霊場 竹園山 最勝寺 教学院 目青不動尊は駅から数分の処にありました。
  
  お不動様は暗くてよく見えませんでした。

  三軒茶屋駅から二子玉川駅に行き、大井町線に乗り換え、等々力駅で降りました。
  
  駅前通りから等々力渓谷に入ると大勢の人が散策しており、環八の下をくぐると数分で石段に着きました。

  ここを上がると関東三十六不動第十七番霊場 瀧轟山 明王院 満願寺別院 等々力不動尊の境内に出ました。
  
  本堂に向かうと護摩供養が終わったところでした。

  護摩供養を終えた人たちが出た後、本堂に上がってお参りをしました。
  
  お参りが済むと、山門から出て目黒通りから等々力駅に戻り、大井町線で大岡山駅まで向かいました。
  
  ここで東急目黒線に乗り換え、不動前駅で降りましたが、道を間違え時間がかかってしまいました。

  ようやく関東三十六不動第十八番霊場 泰叡山 瀧泉寺 目黒不動尊に辿り着きましたが、納経時間には間に合いました。
  
  本来ならばお参りが済んでから納経なのですが、この時は先に納経をすることを許していただきました。
  
  ここのお寺さんは江戸三十三ヶ所観音霊場結願札所でもあるので、立派な観音堂もありました。
  
  本堂の裏手には大きな大日如来像が祀られてました。

  お寺の外に出ると墓地の一画に甘藷先生の青木昆陽の墓がありましたのでお参りしました。
  
  八大童子は工事中で入れませんでした。
  
  階段の途中に役行者の窟がありましたので、石鎚山無事登拝のお礼をしました。
  
  山門から出ると、八目鰻で有名な「にしむら」には大勢の人が並んでいました。
  
  いい匂いがしてきましたので列に並んで鰻を買い求めたかったです。
  
  東急目黒線不動前駅から相互乗り入れの東京メトロ南北線で帰りました。
  
  今日は一気に第十三番霊場から第十八番霊場まで廻ることができました。
  
  ありがとうございました。
  
  

  江戸五色不動尊について


    慈眼大師天海が江戸城鎮護のために不動明王像を造立し、王城鎮護の四神にならい、
    江戸城の四方に配置したのが目黒・目白・目赤・目青の四不動であろうとしている。
    これを後になって徳川将軍家光が、四不動に目黄不動尊を加えた五つの不動尊を「五眼不動」としてまとめ
    あげたため、以後は江戸五色不動として知られるようになった。
    即ち、この五色とは「目」にあるのではなく、東西南北中央の五方角を色で示したものである。
    
                                           関東三十六不動霊場 ガイドブックより  


                                                                                


関東三十六不動霊場五期
  
  平成23年8月4日 JR京浜東北線の秋葉原駅でJR総武線に乗り換え、平井駅で降りました。

  駅前から商店街を通り、
関東三十六不動第十九番霊場 牛宝山 明王院 最勝寺 目黄不動尊に辿り着きました。 

  事前に納経時間を伺っておきましたので、9時になってから納経所の扉を開けました。

  すると、住職さんが不動堂でお参りするようにと案内してくださいましたので庫裡から直接不動堂に入りました。

  不動明王を中心に四大明王(降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王)と二童子が勢揃いしてました。

  それはそれは立派な五大明王様でした。

  お経と御真言を唱えて納経所に戻り、納経帖とお軸に御朱印をいただきました。

  境内には、最勝稲荷、地蔵堂、観音堂、供養塔がありました。

  不動堂の建物が方形をしており、松の枝とよく合っていました。

  JR平井駅に戻り、JR両国駅で都営大江戸線に乗り換え、門前仲町駅で降りました。

  参道を歩いて関東三十六不動第廿番霊場 成田山 新勝寺 東京別院 深川不動堂に向かいました。

  境内に入ると、本堂の前には大きなクレーン車が長いアームを伸ばして大きな工事が行われてました。

  内仏殿に祀られている不動明王、大日如来、十二支守り本尊、四國八十八ヶ所巡拝所をお参りしました。

  すると、護摩供養が始まりましたので1階に戻りました。

  納経帖とお軸をお護摩に焚いていただきました。

  境内にあります勝軍地蔵尊、深川開運出世稲荷をお参りして深川不動を後にしました。

  参道にあります深川丼のお店に入って素麺と深川丼のセットを注文し、お昼にしました。

  その足で隣にあります
富岡八幡宮をお参りしました。

  鳥居を入ってすぐ左には日本一の大きな御神輿がありました。

  推定で4.5tの重さがあり、あまりにも大きいので現在では担がれなくなったそうです。

  社務所で御朱印をいただくのに待っている間、本殿はとても涼しかったです。

  暑い中、歩いて駅に向かいました。

  都営大江戸線で門前仲町駅から森下駅へ行き、都営新宿線に乗り換え、馬喰横山駅で降りました。

  都営浅草線の東日本橋駅の方の出口から外へ出ました。

  地下鉄の駅からの出口にはいつも悩まされます。

  一つ間違えますと道路の反対側に出てしまい難儀してしまいます。

  今回は大丈夫でした。

  横断歩道を渡ると、関東三十六不動第廿一番霊場 川崎大師 東京別院 薬研堀不動院 薬研堀不動尊に着きました。

  通りから見える石段を上がるとそこは本堂でした。

  ここは江戸三大不動(目黒不動、目白不動)の一つになっております。

  お経と御真言を唱え、御朱印をいただいて駅へ向かいました。

  都営浅草線の東日本橋駅から乗り、浅草駅で降りました。

  お寺の場所は地図の上では分かっていたのですが、だいぶぐるぐる回ってしまいました。

  ようやく
関東三十六不動第廿二番霊場 阿遮山 不動院 浅草寿不動尊に着きました。

  二階に上がってお経と御真言を唱え、御朱印をいただきました。

  雷門の前を通り、神谷バーの前の停留所から都バスに乗って清川一丁目バス停で降りました。

  暑い中歩いてようやく
関東三十六不動第廿三番霊場 砂尾山 橋場寺 不動院 橋場不動尊に着きました。

  浅草七福神巡り(不動院は布袋尊)でお参りしたのでお寺さんの場所は分かっていました。

  ところが、違う系統のバスに乗ってしまい、降りた停留所から15分程歩いて辿り着きました。

  堂内が暗いのでお不動様のお顔はあまりよく見えませんでしたが、お経と御真言を唱えました。

  納経所で御朱印をいただき、バス停へ向かいました。

  バスが来るまで長い間、暑い中待ちました。

  バスに乗ると涼しいのでほっとしました。

  キバスで浅草まで行き、駒形のどぜうとカストリを食して帰りました。

  近頃、浅草に来るといつも駒形のどぜうとカストリを食することが多くなりました。

  そうしないことには腹の虫が納まらなくなってしまいました。                                       


関東三十六不動霊場六期

  
平成23年8月10日 JR日暮里駅からキバスに乗り、竜泉バス停で降りました。

  国際通りを少し戻って右に曲がると、飛不動前の信号が見えました。

  信号を曲がると関東三十六不動第廿四番霊場 龍光山 三高寺 勝寶院 飛不動尊の紅い幟が見えました。

  御本尊様が空を飛ぶということで、いつの頃か航空関係の方々のお参りが多くなったそうです。

  飛行機の御利益を授かった方々からその効験が広まりました。

  落ちないお不動様ということから受験にも御利益があると言われるようになったそうです。

  絵馬は、お不動様の前に飛行機が飛んでいる図柄になってました。

  境内には、下谷七福神のヱビス様が祀られていました。

  本堂でお経と御真言を唱え、納経所で御朱印をいただきました。

  お前立のお不動さんは、剣を右手に持って大きく金色に輝いておりました。

  都バスで日暮里まで戻り、舎人ライナーで行くつもりでした。

  ところが、キバスがすぐ来たので乗ってしまい、皿沼二丁目バス停で降りました。

  暑い中歩いて、関東三十六不動第廿五番霊場 皿沼山 永昌院 皿沼不動尊に辿り着きました。

  石段を上がると本堂となっており、大きなお不動様の前でお経と御真言を唱えました。

  広い堂内には納経所があり、すぐに御朱印がいただけました。

  朝顔の図柄の竹の団扇をいただき、嬉しかったです。

  バスの乗り場が分からないので伺うと、都バスの、国際興業バス、東武バスと三系統が走っておりました。

  ガイドブックには東武線の西新井駅から循環バスが載っていました。

  そこで時刻表をインターネットの都バスで調べたら出ていなかったわけが分かりました。

  お寺さんを出るとすぐに循環の東武バスが来たので、待たないで次のお寺さんへ向かうことができました。

  西新井大師前のバス停で降り、関東三十六不動第廿六番霊場 五智山 遍照院 總持寺 西新井大師に向かいました。

  東武線の大師前駅を通り、広い牡丹園を通って参道に出ました。

  これだけ広い牡丹園で花が咲くのは見事なものだろうと思いました。

  白い目をした二王様がいらっしゃる山門から境内に入りました。

  入るとすぐ左には塩地蔵が目につきました。

  これまで色々なお地蔵様を見てきましたが、塩地蔵は初めてでした。

  塩辛いだろうなと思わず唾を飲み込みました。

  大日如来尊像の台座には湯殿山の銘が刻まれてました。

  三匝堂(栄螺堂)の中に入りたかったのですが、残念でしたが鍵がかかって入れませんでした。

  どこのお寺さんでしたか、このような形のお堂の中に入って拝んだことがありました。

  まだどなたもいらしゃらなかったので本堂でお経と御真言を唱えました。

  本堂の裏手に御朱印所はありましたが、最初どこにあるのか分からないで探しました。

  よく見ると紅い小さな文字と矢印で案内がありました。

  お写経を納め、御朱印をいただいてから本堂での護摩焚きに出ました。

  山門を後に大師前駅から電車で帰りました。                                                  


関東三十六不動霊場七期

  
平成23年8月11日 JR埼京線の川越駅で降り、東武バスに乗り、下松江町バス停で降りました。

  喜多院への道路標識を見て方向が間違いないことを確かめ、暑い中歩くと、成田山前のバス停に来ました。

  そこから
関東三十六不動第廿七番霊場 成田山 川越別院 本行院 川越成田山 川越不動尊の境内に入りました。

  ここのお寺さんも川越七福神(ヱビス様)でお参りで、訪れていました。

  朝が早かったものですから、お寺さんの人たちが汗びっしょりで一生懸命清掃をしてました。

  本堂でお経と御真言を唱え、納経所で御朱印をいただきました。

  数分歩くと、
関東三十六不動第廿八番霊場 星野山 無量壽寺 喜多院 川越大師でした。

  本堂でお経と御真言を唱えてから、納経所へ向かいました。

  納経所は本堂から離れた所にあり、そこで重要文化財が見られる券を求め、拝観しました。

  徳川家光誕生の間、春日局化粧の間(家光が江戸城から移築)、小堀遠州流枯山水式曲水庭園を拝観しました。

  外には、五百羅漢があり、所狭しと色々な表情をして並んでました。

  とにかく暑いので東照宮には寄らずtaxiで東武東上線の川越市駅に向かいました。

  東武東上線で小川駅で電車を乗り継ぎ、終点の寄居駅で秩父鉄道に乗り換えました。

  とにかく暑かったです。

  秩父鉄道の車輌にはクーラーの他に扇風機が回っていましたので、涼しい風が柔らかく感じられました。

  野上駅で降り、彩甲斐街道国道140号線を北上しました。

  左折する前にお蕎麦屋さんに入り、お昼を摂りました。

  やはり秩父はお蕎麦ですね。

  お蕎麦屋さんを出て少し歩くと
関東三十六不動第廿九番霊場 不動山 白山寺 洞昌院 苔不動尊に着きました。

  不動堂の前でお経と御真言を唱えると、御住職さんの招きで本堂に上がりました。

  御住職さんと色々なお話をして御朱印をいただきました。

  無念にも秋葉原事件で亡くなられた方のお写経を納めましたら、「行雲流水」と絵馬に書いてくださいました。

  「字が下手なのは俺のせいじゃない、筆が悪いからだ。」と、面白いことを話されて書いてました。

  来年は関東三十六不動霊場会が廿五周年になるので、その記念行事の打ち合わせのことも話されてました。

  日本で最も暑い熊谷の駅で秩父鉄道からJR高崎線に乗り換え、帰りました。   

  とにかく暑い一日でした。                                                            


関東三十六不動霊場八期

  平成23年8月18日
 今夏最高の気温となる予報が出ていました。

  JR宇都宮線久喜駅で東武伊勢崎線に乗り換え、加須駅で降りました。
 
  加須は日本でも有数の鯉のぼりの産地です。

  お寺さんまで距離が長く暑いのでtaxiで向かいました。
 
  
関東三十六不動第卅番霊場 王オ山 不動院 總願寺 不動ヶ岡不動尊の赤門の前で車から降りました。

  山門、観音堂、不動剣、鐘楼堂、大日堂を廻り、本堂に向かいました。

  節分の時のものでしょうか、年男の看板が不動堂の周りに立てられかけてありました。

  白鳳関、猛虎浪関、立浪親方、立行司木村庄之助、KONISHIKIとありました。

  暑い中、境内を廻ると、黒門が忍城からの移築とありました。

  忍城は、行田市にありましたお城です。

  そういえば加須市の隣は行田市だと後で分かりました。

  というのも、行田市は自分がいる大宮からは北の方角で、加須市は北東の方角で、結びつきませんでした。

  埼玉県にいて北東方面はほとんど行ったことがないので分かりませんでした。

  もっと知らないといけないと思いました。

  境内は暑かったのですが、木陰に入ると涼しかったので湿度は低かったようでした。

  納経所で御朱印をいただくとき、涼しい風が吹いてきて気持ちよかったです。

  帰りはtaxiが来ないので暑い中、駅まで歩きました。

  こいのぼり屋さんとおうどん屋さんが多いのが目につきました。

  この暑さの中、こいのぼりが泳いでいる家が二軒ありました。

  昔、この辺りは岡村でしたが、お不動さんが流れ着いて来たので不動岡となったそうです。

  加須駅に着くと、快速電車が発車してしまい、各駅停車の電車でなので久喜駅で乗り換えることになってしまいました。

  久喜駅から春日部駅まで行き、東武野田線に乗り換え、岩槻駅で降りました。

  岩槻は人形の町で、駅前には人形屋さんがたくさん並んでました。

  日差しが照りつける中、10数分歩きました。

  すると、
関東三十六不動第卅一番霊場 光岩山 釈迦院 彌勒密寺 岩槻大師 喜多向き不動尊の山門が見えて来ました。

  ここは、関東三十六不動霊場会の事務局がおかれています。

  山門を入ると左手に写経剃髪殿があり周りには、三十六童子が並んでました。

  本堂に上がり、お不動様の前でお経と御真言を唱えました。

  御朱印をいただいている時、本堂と納経所の間の空間に涼しい風が吹いていてとても気持ちよかったです。 

  強い日射しの中、岩槻駅まで歩いて行き、電車に乗って帰りました。
                                                                                  


関東三十六不動霊場九期

  平成23年8月20日は、連日の暑さとは打って変わって涼しい朝でした。

  JR京浜東北線で秋葉原駅まで行き、JR総武線に乗り換え、千葉駅まで行きました。

  千葉駅でJR内房線君津行きに乗り、君津駅で次の電車を待ち、大貫駅で降りました。

  踏切を渡り、国道465号線を南下し、岩瀬橋を渡って左折しました。

  しばらく歩くと
関東三十六不動第卅二番霊場 普和山 最上寺 岩瀬不動尊の仁王像が見えて来ました。

  厳めしい顔の仁王像の脇には、張り紙がありました。

  「ご先祖様が 年に一度の お里帰り 家族そろっての おもてなし」の言葉が書かれてました。

  本堂の前にある、江戸僧正寺にあった燈篭の台石を利用した香炉にお線香を三本立てました。

  お経と御真言を上げてから納経所でお写経を納経し、御朱印をいただきました。

  納経所の脇の石段を上がり、観音様をお参りしました。

  観音様の足下を見ると、二人の老人が観音様に縋るように見上げてました。

  ぼけ封じ観音様でしたのでもう一度よく拝みました。

  更に、急な石段を上がると観音堂があり、二体の観音様が祀られてました。

  その脇には、役行者が祀られている新しい開基堂がありました。

  その隣には、水掛不動像が祀られており、観音堂の脇の階段を上がると東京湾が一望することができました。

  駅まで歩いて戻り、大貫駅からJR内房線に乗ると、館山駅で相当待たされました。

  千倉駅で降りると日東バスが待っていました。

  時刻表では電車が着いてから3分の間でバスが発車することになっていましたので急ぎました。

  七浦小学校前のバス停で降り、
関東三十六不動第卅三番霊場 妙高山 大聖院 高塚不動尊に着きました。

  ガイドブックにあります前不動尊は、七浦小学校の脇にありましたが、危うく見過ごしてしまうところでした。

  というのも石のお不動様はとても古いようで相当形が崩れていました。

  お盆が過ぎたばかりでしたので竹やホオズキなどで飾られた墓地が華やかでした。

  本堂でお不動様をお参りしてから裏に周り長い石段を上ると、奥の院がありました。

  残念なことにお不動様がいらっしゃる厨子の扉は堅く閉ざされてました。

  一月二十八日と節分会の時に御開帳されるとのことでした。

  高塚山にあります奥の院不動堂は、草が生い茂っているので歩くのは無理とのことでした。

  お寺からバス停に出ると、バスが来るまで相当時間がありましたので食堂を探しながら駅の方面に歩きました。

  30分程歩くと、駅に着く前にバスが来そうなので忽土バス停で待ちました。

  バスは時刻表通りにやってきました。

  駅前でバスから降りると、お店でアンパンを1個買い、お昼にしました。

  千倉駅からJR内房線の電車で行き、鴨川駅でJR外房線に乗り換えました。

  御宿駅で降り駅前通りを歩いて行くと、海女の写真展が行われていました。

  よく見かける海女の写真の方は、現在八十歳台でご健在とのことでした。

  夕飯は、生きた鮑を酒蒸しにしたもので柔らかくとても美味しかったです。

  松島の躍り食いとはまた違った味がしました。

  夜になって雨が激しく降ってきましたが、夢の中でした。

  平成23年8月21日朝早く目が覚めましたが、雨は止んでました。

  朝食は7時半でしたが、無理を言って6時半にしていただきましたので、予定の電車に乗ることができました。

  御宿駅から大原駅に行き、いすみ鉄道に乗り換えました。

  いすみ鉄道の車両は、鉄道ファンが虜になるような厳つい形をしたジーゼル機関車でした。

  国吉駅で降りると
関東三十六不動第卅四番霊場 幸野山 宝勝院 夷隅苅谷不動尊は駅の近くにありました。

  不動堂でお経と御真言を唱えてから人形供養殿をお参りしました。

  最後に本堂をお参りしてから納経所でお写経を納めて御朱印をいただきました。

  ご住職さんと奥さんからお寺や地域の歴史についてのお話を伺うことができました。

  しかもご住職さんの兄上が、ガイドブックに書かれているグラマンの機銃掃射にもかかわらず助かった方だと知らされました。

  これも母の必死の祈りに夷隅不動尊が守護してくださったのだろうと話されました。

  ご住職さんご自身も大病を患ったにもかかわらず元気になったのもお不動様のお陰だとおっしゃっておりました。

  文字が読めなくなったので平仮名を分解して覚える訓練をしたのでお経も上げることができるようになったとのことでした。

  昭和六十一年初版の関東三十六不動霊場のガイドブックがありましたのでいただきました。

  無料というわけにもいかなかったので気持ちばかり渡しました。

  そうしましたら奥様から香炉の下に敷いて使うようにと不燃性の敷物を差し出しました。

  有り難かったです。

  国吉の駅に着くと雨が本降りとなってきました。

  いすみ鉄道国吉駅から大原駅までは土砂降りの雨の中、列車は走りました。

  大原駅から
関東三十六不動第卅五番霊場 阿舎羅山 不動院 大聖寺 波切り不動尊に向かいました。

  土砂降りの中、茅葺きの不動堂でお経と御真言を唱え、本堂をお参りしてから納経所で御朱印をいただきました。

  やはり千葉のお寺さんをお参りすると土砂降りの雨に遭うようになってしまいました。

  坂東三十三カ所観音霊場廻りの時、高蔵寺、笠森寺、清水寺、那古寺でも激しい雨に遭いました。

  巡礼、お遍路をしていると、晴れもあれば雨もあり、冷たい風が吹けば、暑い日もあります。

  お天気は変えられない致し方ないことなので、素直に受け入れるだけです。

  大原駅からのJR外房線の電車は4両編成でしたので満員の通勤電車並みの混み具合のまま千葉駅まで行きました。

  千葉駅でJR成田線に乗り換え、今度は空いていたのでゆったりとした気分で成田駅まで行くことができました。

  成田駅からは近道を通って参道に出ました。

  日曜日なのに人出は少いように感じられました。

  関東三十六不動第卅六番霊場 成田山 明王院 神護新勝寺 成田不動尊
の山門に着きました。

  急な石段を上がると広い境内に出ました。

  ちょうど本堂では護摩が焚かれてましたので上がってお祈りしました。

  みなさんが荷物を持っていくので、私もお軸と納経帳を護摩の煙に当てていただきました。

  本堂の右の方に御朱印所がありましたが、関東三十六不動霊場は平和大塔で行っているとのことでした。

  本堂の外に出て、石段を上がり奥の方にあります大きな平和大塔へ向かいました。

  大塔の中に入ると左側に御朱印所がありました。

  二階に上がり、大きなお不動様の前でお経と不動明王の御真言を唱え、
結願することができました。

  御朱印所に戻り、納経帳とお軸に御朱印を、そして
関東三十六不動霊場結願証をいただきました。

  昨年の八月大山不動尊から始めて約一年かかりました。

  これでお四国八十八カ所霊場廻りのお遍路が残りましたが、秋には結願したいと思っています。

  結願できた悦びを胸に参道を歩いて鰻屋さんに寄り、BEERで祝杯をあげました。  

  子供の頃、父が成田山のお土産としていつも米屋の栗羊羹を買ってきました。

  あの栗羊羹の味が忘れられず、米屋で家族へのお土産に栗羊羹と栗饅頭を求めました。

  参道を歩いてJR成田駅に向かいました。

  JR成田駅16時12分発の快速東京行に乗る予定でしたが、間に合いそうにもありませんでした。

  そこで京成電鉄の特急で日暮里経由で帰ることにしました。

  後でこちらの方のが早くて安いことが分かりました。

 
 お不動様の御加護のお陰で無事結願することができました。

  そして、霊場会関係者のご援助、家族の協力の賜であることに感謝いたします。

 
 本当にありがとうございました。